死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第17回
いくら縁起をかついでも金運はつかない

不安や悩みや不慮の事故に対するおそれは、
人間の生活につきものです。
ですから困ったときの神頼みといったことが起こります。
近代的な鉄筋のビルを建てるのに、地鎮祭をやります。

自動車の運転台の前には交通安全のお守りがぶらさがっています。
インドでタクシーに乗ったときも
お守りがぶらさがっていましたから、
人間の弱点はどこの国へ行っても同じだなあ、
と思ったことがあります。

人間は、とかく縁起をかつぎます。
勝負の世界に生きている人は、
政治家や相撲取りも含めて、名まえを変えたり、
家を引っ越したりします。

占いの先生の言うことを真に受けて、
家を引っ越して総理大臣になった人も日本の国にはいます。
科学万能の時代になっても、神霊を信じたり、
方角を信じたりする人がいるのは、
人間の心に弱点があるからです。

私自身はあまりそうした縁起をかついだりはしません。
私の友人の中には何でも占いの先生の言うとおりにやって、
ものの見事に失敗をした人間がいます。

清朝末期の西太后も、
欧米連合軍相手の戦争をするのに、
いちいち暦を見て、戦争をする日を決めました。

戦争に好い日はたぶん、
相手にとっても好い日だったのでしょう。
だから、戦争をするたびに負けました。

今日は大安だからよい、
今日は仏滅だからダメということはあまり信用できません。
大安に結婚をした人でも、
夫婦仲がうまくいかなくなれば、離婚をするものです。

「縁起でもないー」とよく言いますが、
縁起をあまりかつがないほうが身のためです。
しかし、そういう私でも、つい自分の財布のことは気になります。

誰にでも身に覚えがあると思うんですが、
財布を持ってみると、
この財布はお金のよく入る財布、
この財布はどうも調子のよくない財布というのがあります。

愛着のある財布は古くなっても捨てがたく、
パンパンにはちきれるほどふくらませている人をよく見かけます。

そういう縁起かつぎは、
日本人よりも中国人のほうが激しいですね。
もとを言えば、四柱推命も姓名判断も
みな大陸から輸入されてきたものですから、無理もない話です。

中国人は、新しい家に落ち着いて、
そこで大金を儲けたりしようものなら、
もう挺子でも動かなくなります。

女房の親戚の中には、大金持ちになっても、
家相がいいからといって、
水洗設備のない古い家に死ぬまで頑張った人もおります。

モノに愛着を持ったり、
センチメンタル・バリューを感じたりするのは
悪いことではありません。
でも、それがお金の貯まる原因になるとはとても思えませんね。
縁起をかつぐより、チエを絞ったり、
節約の精神を発揮するほうがずっと効果があります。





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2013年4月18日(木)

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