死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第7回
お金についてあいまいにするから問題が起こる

こと日本人の気風は、商取引の上にも現われています。
物を買ったりするときは、
はっきりと定価が表示されていますから
いくら払えばよいかわかりますが、
謝礼に属する金額は、
お互いに口に出さないという傾向があります。

たとえば、連載を頼まれて、
原稿料をいくらもらえるか、心の中では気にかかっていても、
口に出して言う人はあまり多くありません。

「文士がお金のことを口に出すのは恥ずべきことだ」
と思っているのかもしれないし、
それほどでなくとも、「やっぱり言いにくい」
という雰囲気に育っているのです。

それならば、いくら原稿料をもらっても黙っていればよいのに、
「あの雑誌社は安すぎる」と陰口をきいたり、
後で文句を言ったりしています。

私は「先小人、後君子」
(はじめに決めておいて、後で争わない)を
モットーにしていますから、
仕事を頼まれたときは、先に金銭的なことなど
きちんと決めてしまいます。

そのことを同業の人たちに喋ると、
「邱さんは日本人じゃないからそういうことが言えるんだ。
俺たちはここまで出てきてるんだけど、
そこから先には出てこない」と、喉のあたりを指して言うのです。

最近は、それでも、
世の中全体の気風が変わってきたのでしょうか、
ビジネスライクにお金の話をする人がふえてきました。

ただ、そういう世の中になっても、
入社試験を受けるときに、
「月給はいくらですか」と聞く人はごく少数のようです。

まだまだ武家時代の気風が残っていると言いましょうか、
サラリーマンの社会は
藩政時代の気風をいちばん濃厚に受け継いでいるように思います。





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2013年4月8日(月)

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