|  第279回新蕎麦の季節
 新蕎麦がかならずしも旨くはない、ということをこのコラムに1年前に書いた。
 新蕎麦の魅力は、瑞々しい香りだが、
 旨みはまだあまりでてはいない。
 新蕎麦を最も喜んでいるのは、お客よりも手打ち蕎麦屋だ。
 というのは、お客に格好の呼び込みになる
 ということ以前の問題で、
 手打ちがとてもやりやすくなるからだ。
 夏の暑い時季の蕎麦粉はつながりが悪くなる。
 涼しい時季には、蕎麦粉100%の
 いわゆる「生粉打ち」を売り物にしている蕎麦屋も、
 夏の間だけつなぎを使う店も多い。
 そうしないと、できあがった蕎麦切りの喉越しが
 冬場と夏で変ってしまうからだ。
 つなぎをほんの僅か入れても風味の変化は少ないので、
 お客に分かり易い喉越しを優先させて、
 品質の年間維持を計るわけだ。
 この時季に出始める新蕎麦は、国内産であれば北海道産がほとんど。
 もともと内地の蕎麦の品種に比べると香りは高いが、
 味がやや薄い。
 また、新蕎麦はできるだけ早く出すことに商品価値がある
 と業界は考えているので、
 収穫した蕎麦の実(げん玄蕎麦と呼ばれる)を熟成させずに、
 そのまま粉に挽いてしまう。
 玄蕎麦は、熟成してこそ旨みが乗ってくるので、
 新蕎麦は味わいが薄いという仕組みだ。
 蕎麦の本当に旨い時季は12月から2月までの3ヶ月。4月に入ると香りがだんだんと失われていく。
 だから、蕎麦を食べるのは冬が一番いい。
 この玄蕎麦の熟成を考えて、新蕎麦はいっさい使わずに、
 1年前の蕎麦を使っている蕎麦屋さえ存在する。
 味わいを出したいという意図からだ。
 どこの蕎麦屋かは拙書「蕎麦屋酒」を参照されたい。
 新蕎麦が何故北海道のものかというと、蕎麦の種蒔から収穫の時期が、北の寒い地方ほど早いからだ。
 一番早く収穫できる北海道産を新蕎麦に使うことになる。
 また、北海道だけでなく、
 内地の蕎麦でも春蕎麦を新蕎麦に使おう
 という試みも開始されている。
 春に蒔いて夏に収穫される蕎麦だが、
 秋蕎麦に比べて風味が不足していると言われている。
 しかし、内地の蕎麦の名産地のものであれば、結構いける。
 今後の進展が楽しみだ。
 |