“蕎麦屋酒”の著者がプロ顔負けの美味探求

第164回
今年の蕎麦栽培開始

栃木県行っている蕎麦栽培会では、
今年の幹事会が発足した。
旧盆の頃の種蒔へ向けた様々な準備を開始する。
この会は1997年に設立したので、今年で9年目になる。
ホンダの研究所に勤務していたときに、
同じ職場の若手や、栃木県での知り合いを誘ったのが
その始まりだが、私自身はその前の年に
蕎麦栽培を別なグループで行っていた。

蕎麦のメイリングリストの仲間と、
茨城県奥久慈の大子という蕎麦の名産地で、
農家の畑を借りて栽培を始めて経験したのだが、
そのときは少量ながらとても美味しい蕎麦がとれた。
そのときの打ち上げで食べた美味しさが病み付きとなった。
しかし、そのグループはほとんどが東京近辺に住んでいたので、
大子まで通うには遠くて、
種蒔、土寄せ、刈り取り、脱穀などのイベントで
人を集めるのに苦労し、
その年だけでもうやめようということになった。
そこで、その翌年は栃木県の仲間を集めて、
近場の栽培を開始したわけだ。

最初の年は茨城県の山方(やまがた)で、
村屋東亭の渡辺維新さんが栽培していた畑の隣を貸してもらった。
渡辺さんには、蕎麦栽培について随分教えてもらって、
今日のノウハウが確立している。
しかし、山方も宇都宮近辺から通うには2時間近くかかり、
遠いという声が増えて、
同じ栃木県の蕎麦産地である馬頭に畑を借りることになった。
その畑は、炭を入れたりして、
土壌の改良から始めて、とてもいい蕎麦がとれるようになった。
しかし、その畑も道路が貫通するという工事が始まり
使用できなくなり、
栽培メンバの一人が所有していた芳賀町の畑に昨年は変更した。

今年も同じ芳賀町の畑を使う予定だが、
昨年は思いもかけぬほど、メンバ数が多く集まったので、
一人一人の配分が少なくなってしまった。
今年は、栽培面積を多くとって、配分を増やすこと、
種蒔までの期間に畑を休ませないほうがいいので、
何か他の農作物を栽培したりして有効活用ができないか、
などの検討がこれから始まる。

きっちりと計画をして、その作業計画に従って汗水を流し、
最後に収穫物を美味しくいただき、喜びを共有する。
メンバには無理を強いず、ボランティア精神で助け合う。
これが、長年続けてこられた理由であろう。


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2005年3月31日(木)

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